造園用語集

広場


造園用語集

ひ

広場

項目 広場 / ひろば
英語 square, circus, place, plaza
意味 都市内部の公共空地で、装飾・記念・商業・集会・避難などの目的で設けられるものまたは都市公園の公園施設の一つ、古代ギリシアの都市にはアゴラ、古代ローマの都市にはフォーラムと称する広場があって、政治的宗教的活動や商業、集会などに用いられた。ヨーロッパ中世の都市には、市場としての広場、教会の前庭としての広場が見られ、これらは、道路の一部を拡幅したり、都市の入口付近の広場は三角形であったり、一般に不規則な形態であった。中世ドイツの広場には、市庁舎・教会が面し、また、広場の中央に公共建築物が設けられたこともある。イタリアの中世広場のなかには、教会広場と別の広場とが隣り合っているものがある。ルネサンスからバロックの時代にかけ、都市広場は、空間・建築物・床面・彫刻・噴水・道路などに、軸線と秩序と統ーが感じられる。例として、ローマのサンピエトロ広場、ポポロ広場、パリのコンコルド広場などがある。広場における軸の強調と統ーについては、造園家ル・ノートル(A.Le Notre)がヴォールヴィコントの庭園や、ヴェルサイユ宮苑にそのアイデアを実現しており、これはまた欧米各都市の都市設計に影響を与えている。ドイツでは、フランスのバロックプランを手本として広場を設けたが、イギリスでは、この壮大な都市広場を模倣せず、クレセントやサーカスという円形広場を残している。アメリカの初期においては、植民者たちが町の中央に広場を設け、夜間もしくは非常の際に家畜を放したり、あるいは市民軍の訓練、集会、装飾を目的とし、後には市場としても利用し、そこには樹木と草地があり、周囲に白い柵をめぐらすといったデザインで、ヨーロッパの広場とは機能も表現も異なり、広場から公園への移行が見られる。例えば、ボストンのコモンやペン(W.Penn、1644?1718)が設計したフィラデルフィアの四つの広場は、スクエアという名称であるが、その機能と内容はほぼ公園と同様である。日本では、ヨーロッパ的意味の広場はなく、その機能は道路が果たしてきたといわれている。しかし、社寺の境内地は信仰上の行事のために人々が集まり、それはまた娯楽の場にもなった。江戸時代には、広小路・火除地また橋際の広場が、火災の際の焼け止まりや避難といった実用的機能のために設けられ、やがてそれは娯楽の場所となり、大道芸や見世物興行が行われ、茶店も出るようになる。ヨーロッパの広場を機能的に分類すると、軍事・宗教・集会・市場・芸術・交通・生活などとなるが、現代ではこれに娯楽・防火・避難の意味が加わるといえよう。広場の設計については、ズッカー(P.Zucker)によれば、形態的に囲繞型、有軸型、連鎖型その他としているのが参考になり、ジッテ(C.Sitte)によれば、平面形の縦横の比を1:2、建築物の高さと広場の奥行との比は1:1もしくは1:2、錯覚を考慮すると、広場の幅は建物の高さの2?4倍がよいとしている。日本では法律上の用語として、1968(昭和43)年の「都市計画法」では、広場は公共施設の一つであり、都市施設のなかでの公共空地とされている。また、駅前広場については、その設計・費用・管理などについて、建設省と日本国有鉄道との間に申し合せがある。1956(昭和31)年の「都市公園法」第2条第2項に、公園施設のーつとして広場が取り上げられている。このほか広場の一般的用法として、避難広場、お祭り広場などがよく用いられるとともに、実質的には都市公園との区別がつかないものもある。ニューヨークの中心に設けられたパレイパークは、面積わずか330m2程度の空地であるが、滝の水音で都会の騒音を消し、樹木は涼しい日陰を提供して、その優れたデザインにより、利用者や専門家の間で評判が高い。その名称はプラザであっても内容は公園であるといえる。
五十音順
あ い う え お
か き く け こ
さ し す せ そ
た ち つ て と
な に ぬ ね の
は ひ ふ へ ほ
ま み む め も
や ゆ よ
ら り る れ ろ
わ